
〔田舎住い33、オートバイとお別れ〕
我家には乗らなく成り久しいオートバイが家の軒先に長いこと置いて有りました。 250ccの4気筒 4サイクル車で購入して2 0 年に成りますが、時々気が向けばエンジン掛けて 4 気筒4サイクルの高速のエンジン音を楽しんでいました。
年齢からか、私もこれ位の車体に成ると、体力的に重量は重いし、もし、倒れ掛かれば踏ん張りきれない事から乗らず、ナンバーも返し、時々スタンドを立ててはシートに跨りエンジン掛けて、「あそこへも行ったなー、あそこは危なかったなー」と思い出し楽しんでいました。
家内に、もう年で乗れないし大きな車体が邪魔に成るだけだから捨てたらと言われ、どうしようかと考えていましたが、或る時、新聞のチラシに“訪問しオートバイ引取り、高価で買います”と有りましたの電話して来て貰いました。オートバイは、年月は過ぎていますがバッテリー充電すればエンジンは掛かるし、 4 気筒の音はそれらしく良い音だし2人乗りのシートも破れていません。メッキ部は錆びが出ていますが未だ見苦しい事も無いので、少し値が付くかもと内心は楽しみにしていました。
小型トラックで単車屋さんが来てあちらこちら詳しく見るでもなく、もう見なくても判るような感じで言われたのは“古い単車の4気筒は、余り人気は無いし、 10 数年前の車でもう値は付かない。捨てるにもお金要るし持ち帰るのにもお金欲しい所ですが、私が仕事用に乗ると言う事で代金はよろしいです。”と言う事で無料でもお金が要る所だと言われ車両の書類を渡し、簡単にトラックに橋を渡し荷台に乗せて持ち帰っていきました。
今日の為にオートバイを半日掛けて綺麗に磨いて置いたのに、何か残念な思いがしました。向こうも商売だしそんな物なのでしょうが、少しは希望を持っていたのにチラシの文面に有る言葉の裏側を見た思いがします。
最近は全国チェーン店のようなバイク買取屋さんの広告見ますバイクの販売台数が減り中古のオートバイが不足しているのと、外国へ流れていくのかも知れません。今なら適正価格で返って値が出ているかも知れません。今も残してあるピカピカのスズキのパンフレット見る度に、何か割り切れないのです。それ以来私はオートバイに触れる事も無くなりました。
オートバイがどの家庭にも有る時代から車に移り、殆ど自転車代わりに原チャリと言われる 50 ccのスクータが主役の時代ですが、その反面、大型のオートバイが少なくなり貴重な存在に成りました。そんな環境か近所の子供さんが 400 cc程度のオートバイを学校出てからお小遣い貯め中古でしょうが購入し乗って居られましたが、もう少しで家と言う所の県道出た所の坂道で故障したのでしょう押して上がれず、道端に置いて有りました。
殆ど他所の人は通ら無い道ですからその子供さんも休みの日に誰か頼んで、坂道を押して家まで持って行こうとと考えていたのでしょう。
数日後の夜私が用事で出て帰って来ると軽トラが 1 台停まり、 3 人の若者がそのオートバイを積み込んでいました。1人は白い作業服のつなぎ、後2人は普通の服でした。オートバイは100 Kg 以上有りますからもう少しでお尻も上げられる所で難儀している様ですので“兄ちゃん手伝おうか”と言いますと“出来ます出来ます”叫んで必死で乗せていました。 もう1台乗用車が県道に止めて有りましたから、それにも便乗してきた様です。
何日かしてから、そこのお母さんからオートバイを盗まれた、と聞きました若し私も積み込みに手伝いして居れば泥棒さんに手を貸した事になります。そんなに年は行っていな20歳台の若い子だった様に思い出しますが、修理屋さんが来ているのだと思う気持が先に立ちこんな所で悪い人が居るとは思いませんでした。
若し私が警察官なら間抜けな警察と笑われていたかも知れません。(続く)