村爺のちょっといいはなし

〔田舎住い26、駅の歴史〕

室生村へは奈良盆地から大和高原地域への登り坂が桜井市辺りより昇り坂が急で、
その為か線路が引かれるのが遅れました。この辺りは電車の走る前は馬車が日常の交通機関だと、
古くから住んで居られるお年寄りに聞きました。
長谷寺までは電車が走るようになりましたが、そこから東への山道は馬車が連絡?して居たようです。
伊勢や名古屋からの電車線路とつながれたのは昭和5年頃でした。普通は明治大正時代の様ですが、
やっと電車が走る程の山岳地域で工事も遅れた様です。

今でも電車は勾配がきつく大変らしいですが、坂道を登る馬はモット大変だったと思います。
雨が降ると車両のモーターが坂を登る途中で空回りする音がします。車両の構成も変わり、
近鉄は新幹線の様に全車体にモーターが無く、所々にモーター付の動力車が連結されていますから、
モーターに力は有るのに滑ると持てる力が発揮出来ません。

そこへ定年後のお父さんが何処に行くにも奥さんにくっ付き嫌がられる状態を指して言われる様に、
ここでも濡れた枯れ落ち葉が線路に張り付き、電車走行の邪魔する原因だそうです。

旅行会社のツアーに行くと女性が断然多く、お父さんと来るより奥さん連れの方が楽しいと言います。
定年後に仲良くして貰う為に、今の内からゴマ摺りに励みましょう。


お客さんの数も増えそれに追随して電車が連結されて行きました。
駅が長くなると何処かの遺跡では有りませんが、乗降客が少ない田舎のお金を余り掛けて無い様な駅では、
ホームの基礎が電車の編成が多くなると共に、工法が異なるホームが延長されたのが良く判る所が有ります。

現在お世話になる近鉄電車は4両から10両までの編成で営業されています。
何時も気になるのですが、駅のホームの基礎が2両ほどの石組みから10両編成まで、
度重なる延長工事の工法の違いが見られ、こでも近鉄電車の編成の発展の歴史を見るようで興味を覚えます。
その為か駅が長くなり延長する程にカーブの所に差し掛かり、駅そのものも大きくカーブします。
前からも後ろからも見通せない所では大変です。
大きな駅では駅員さんが居られてホームの中間で合図を中継されていますが、田舎ではホームには何方も居られません。

車掌さんも運転士さんもお互いが見通せない為に駅のホームを写すテレビが所々に設置されていて0、それで乗降状況を確認したりホームの端まで身を乗り出してのお客さんの安全確認です。

しかも乗降する時にお客さんも気を付けないと電車とホームの間は高速で走る車両に合わせての設計ですから、
大人の体でも落ち込む程の間隔が車両と開いています。

電車の連結部での事故を防止する為、最近は線路に落ちない様前後の車両の繋ぎ目の空間をカバーし、
安全に配慮した電車が作られたり改造されています。

でも20m以上有る車両は10両で200mもの長いホームとなり、
こんな長いホームは建設当初には誰も考えられないものでした。
最初は直線の場所に作られた駅も、その後、発展の度に延ばされて、
ホームの隙間の改善の妙案もなく電車がホームに寄る様に傾くのと、
反対側は今も大きく口を開けているホームのままです。

大事故には成りませんが色々な路線や場所ではお年寄りや、
酔っぱらって落ちる人はかなり有るようです。ホームに立つと安全の為白線は引かれていますが、
目の前1mも無い所を100Kmも新幹線なら200Km以上で通過しますが無事に日常済むのが不思議です。
お酒も飲んで居らないし年寄りや子供でも無く成人で健康な人なら安全ですが、
良く考えるとホームは危険な環境です。お互い年を考えて充分気を付けたいものです。             (続く)


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