
イエスキリスト様が生まれられてのお祝いが2000年も続けられているのも素晴らしいですが、それ以上にサンタクロースに変化されほどこしをされた神父さんの行いが、段々形は変わりつつも継承されて行きます。
日本では宗教が違うのは余り気にしない国民性の為か、何でも楽しめるモノには参加して行きます。宗教は世界に人の数だけ有るといわれます。儀式と言うかそれに付随するお祭りは世界で行われてテレビで良く報道されますが、関西に住んでいますと奈良や京都の各お寺や神社では年間大変多い様に思います。でもクリスマスは歳末商戦に繋がるだけに規模が違います。
最近はクリスマスの過ごし方が本当に落ち着いています。ボーナスを少しでも多く使わす様にと町の商店街は、今年中の売上をクリスマスに掛けて飾り付けし、音楽を鳴らし高額商品の当たる抽選会を目玉に歳末大売出しとゴチャマデで頑張って居られます。クリスマスによりチョコレートもケーキもアイスクリームもシャンペンもワインもニワトリのモモ肉も日頃使わない花火クラッカーもこの時とばかり買って行かれます。
小さい子供さんの居られる家には靴下の形の入れ物にお菓子なんか入れられた物を喜び、お菓子を出してから片足だけのサンタの長靴を部屋で履いて遊んだ方も多いでしょう。
何時頃からでしょうか。お父さんやお兄さんが終電車に乗り遅れるまで飲み屋やバーやスナックで呑み、又終電車に乗り遅れるやらで、その辺でダウンして寝転んだりした物でした。
頭に赤い三角帽子被り手にはクリスマスケーキ持ち、家に巧く帰れるかどうかの瀬戸際の人達が深夜の町に充満しました。タクシーも長距離客で稼ぎ時ですし、警察はお酒で頭の状態が変な日頃大人しい国民を保護するのに大忙しで、新聞には1夜明ければ青菜に塩のようなお父さんが多く引き取られて行く記事が載りました。
今も忘年会をこの時期と重なりますが、最近は上手に飲む人が多くなりました。昔は自分が歩け無いし帰れない程、前後を考えないで飲む人が居ました。そうすると忘年会が終わりその宴会場から帰る事に成るのですが、何人かは人の手を借らないと帰れない人が出ます。小さくて軽い人なら良いのですが巨漢に近い者がそうなると大変です。ある程度付いて歩いて、これは一人で帰れないと判ると1人行き先を告げタクシーに乗せてしまうか、同じ方向の社員が同行します。思わぬ万円札の出費に懲りて、次回からは制限して呑むかと言うと、もう月日が過ぎると忘れて同じ事を繰り返します。
ですから宴会がお開きになれば後も見ず早々に引き上げて、動けないのを同情しない様にして係わり合いの無い様にして帰ります。どう言う訳か、その様な社員は介抱したり、家の近くまで送るのに面倒を掛けながら、次に顔合わせても挨拶の後に礼の言葉も無いのです。"そんな事は記憶に御座いません"と言う事でしょう。