
〔田舎住い 2、吉幾三さんも驚く? 〕
周りが山に囲まれて居り遠くを見回しても緑の山の景色しか目に入りません。遠くの村落が都会の様に彩りも鮮やかな建物で無く、周りの緑に調和した中に点々と目に映ります。
この村の何処かにネオンライトが有ったかなーと考え込みます。夜も街灯が都会の様に多く無くそれが返って1っ1っが美しい灯りに見え暗闇に映えて来ます。 この辺りの街灯の無い道は良く鼻を摘まれても判らないと言う言葉が有りますが月夜で無い日はそんな暗闇が体験で来ます。村は坂道が多いので自転車も大変です。そんな訳で都会なら歩いてとかバスでと思う短い距離もやはり自動車やオートバイが主な交通機関になります。都会の人は地下鉄への階段の上る下りから考えると、田舎の人の方が歩かない生活をして居る様に思えます。
家内と東北方面に旅行に行き津軽鉄道のストーブ列車に乗る機会が有りました。津軽平野の広広とした向うに岩木山がそびえていました。列車が金木駅に付き迎えのバスに乗り換える時間、少し町を見て廻りました。あの歌手で作曲家の吉幾三さんの出身地です。そしてあの「俺ら東京さ行くだ」の歌を思い出しましたが、もし吉幾三さんがこの村の出で作詞されたのなら室生村はどんな歌詞になつたのか・・・金木駅の駅前商店街だけでも立派です。この村に比べれば・・・。俺らこんな村嫌だ」と村を出て行かれるのか、6300人の村民の0〜24歳までが21%で65歳以上が31%と若者より多い老人社会になって来ています。
正月やお盆休みには他府県のナンバーの自動車が村の家々に停まっています。帰省された子供さんの家族の車ですが、この人達が村に帰る事が出来る仕事が無いだけに仕方無いのかも知れません。戦後、住いが無くて住宅難と言う事が大きな社会問題でしたが、田舎のあちらこちらに空家が有ります。立派な家ですが子供さんが町に出てお爺いさんとかお婆あさんが亡くなられ、子供に引き取られるとかで無人の家が多くあります。住めば何とか外から見るのと違いよい所が有るのですが、都会の何でも直ぐに手に入り、勤め先にも短時間で行ける等ここでは歩いて行ける所は先ずは有りません。こんな所に家を建てた私も同じ運命になるかも判りませんがもう後の事は考えない事にします。
最近道の駅と言う車社会に見合う施設が出来ました。広い駐車場に売店やレストランが有り、こんな名産が村に有ったのかなーと思いつつも“何んにもなーい”村だけに嬉しくなります。しかし昼食にしては値段が高いと言う人も居られますが、レストランでは欧風料理とか言う献立で、ありきたりの定食を食べて来た者には美味しいイタリアとかフランスの料理が戴けますから口がびつくりします。こんなキツネやタヌキ、そして秋にはイノシシが走り回る村に、フランス料理をマスタ−したシエフが来て戴いてる事を思えば安いと思います。でもいつも通るたびに心配で、村の事業ですが黒字なのかなーと。村内にレストランは数えるほどしか有りませんが室生村にしか無い雰囲気と綺麗な空気、緑溢れる景色の中での料理に免じて、都会の料理だけでの比較をせず利用して頂きたいと思います。
人口は毎年減るように思います。町に出て行く若者と、高齢者が亡くなる事で増える要素が無いのでしょう。一時住宅地が開発されましたが、バブルの崩壊と急行電車に乗っても大阪まで1時間立ちづめの距離からか、その後開発の音は聞こえません。村の面積を人口で割りますと1km に55人の人口密度になるそうです。東京都では1万5千人とか2万人と言ますから一人当たり5平方程です。こんな数字で生活出来るのも高層住宅があつての環境でしょう。最近温泉の湯をカルキ無しの掛け流しを宣言しで有名になった十津川村は6、7人ですから、室生村はまだ少し都会に近いと言えそうです。(続く)