村爺のちょっといいはなし

第16回 電車の思い出

 近年、郊外の電車もお客さんの増加と共に少しは骨組みを変えて車両内部も大きくなっているのでしょうが、元々の2.8から3m弱の電車の幅は変えるわけにはいかず、乗客の数に応じて少しずつ車両が増接されて長くなってきています。
  昔と違い、10両編成は当り前で新幹線は16両編成ですから、1両当りの全長は概ね20から25mなので、乗車予定の号車を前後間違うと大変なカケッコが待っています。不思議なのは2階建て電車を多くすれば、と考えますが2階の部分で倍になる訳でもなく、60人分の椅子が80人位になる程度で、2階席で立って乗る方もおられません。素人考えなのですが、この手の車両は電車の製造にお金が掛かる割に、乗車定員には貢献してないようですね。

 私が昭和20年代に学校へ通った当時の電車を思い出しますと、2両か3両編成と短く、駅に停車すると降車するお客さんが自分で扉を開けるのが当たり前でした。お客さんが開けられない時は、車掌さんは止まる少し手前で飛び降り、走って来て開けてくれました。駅ごとに急がしくお客さんが乗り終わると、また順次前から閉めていき、最後に後部の扉を閉めるとチンチンと運転手に合図を送り、発車となります。停まる時と出発の時に笛を吹き、動き出してから飛び降り飛び乗るその姿に憧れ、それはカッコ良かったのを思い出します。

 運転手さんは先頭の扉だけは開け閉めしますが、車掌さんは駅毎に走り回る事になります。ボタン1つで16両の扉、1両あたり2から4枚の扉が開け閉め出きる時代ではこんな話は理解されないかもしれませんが、昔の各駅停車の車掌さんは大変な労働だったと思います。
  今は少しでもお客さんの乗る動作が遅いと、意地悪ではありませんが、プシューとエヤ―の音を出して、急がせたりしている光景を見かけることがあります。
  閉じられた扉は簡単には人力では開けられません。カッチリ閉じた扉にオーバーコートのボタンやカバンの角が挟まれ、無理矢理引っ張ったためにボタン取れたり破れたりした経験はあるかと思います。まして次の駅は反対側の扉が開くとなれば、取れないカバンを握りしめ、次に開く駅まで遅刻に怯えながらの通勤電車となるでしょう。
  蒸気機関車時代の客車は扉から半身乗り出して見送りの人に手を振る姿や、動いている客車に走り込んで飛び乗る姿は映画でも良く見ますが、3-40年前まではそれが当たり前でした。今から思えば危ない事なのですが、事故は無かったのでしょうか。

 さて、折りたたみの携帯電話は当初はNEC1社でしたが、今は全社が折りたたみになりました。さらに、最近ではボタンを押すだけで開く物もあります。液晶画面も美しくなりました。家庭のテレビではありませんが画面の大きさ美しさを競っています。カメラ付きに代表される様に機能も一杯入れて画面もミリ単位で大きくなりました。
  でも、軽く薄くの方向と、画面が大きく機能も多くの兼合いからか、折りたたんでもポケットに入れるとゴロゴロして、以前のカード型のポケットベルの様に収まりません。

 所で今回P社から、タバコの大きさ程度の折りたたみタイプが発売されました。
  各社の豪華さや大きさを目標に開発される中で、この機種の様にポケットの少ない夏場半そでのワイシャツのポケットに収まる大きさのものが他社からも発売されればと期待しています。数台の携帯電話を季節ごとに持ち替えて、お仕事やデート、海水浴に雨の日と、服や身の回りの装飾を変えるようにFOMAなら機種を変えることが出来ます。FOMAの色々な機種が出揃うのもそう遠くないようです。

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